2015年11月06日

マタイ 18:15~20 つまずいている人に (聖書の言葉)

今日の礼拝の説教テーマは「つまずいている人に忠告する。」(マタイ18:15~20)です。
 「まことに」とイエス様が告げられている言葉は、「注意して聞きなさい。」という意味で重要です。つまずいている人、たとえば教会へ来なくなった兄弟姉妹の変化に、気づいても知らんぷりしていたということがなかったでしょうか。兄弟姉妹のことなんて、どうでもよいと思っていませんか。つまずいてしまっても、自分の自尊心が、自分や兄弟姉妹の悔い改めを赦さない人が多いのです。
 「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行ってふたりだけのところで責めなさい。」(マタイ 18:15)
 イエス様の十字架に感謝できなくなって、いわば、心が麻痺してしまったことは、神を敬わなくなったことは、大きな罪です。クリスチャンは魂に命を与えられた者です。ですから、魂にも、ご飯を食べさせてあげなければ死ぬのです。
 ところで、自分はといえば、聖書のみことばの光で、自分の信仰を照らして、見直しているのでしょうか。十字架の恩を忘れ、知らない間に傲慢になっていないだろうか。自分自身の罪が見えているのかどうか、真剣に考えてみなければならない。
 その上で、兄弟姉妹とともに再臨を迎えたときにイエス様にお会いしたい。最後の審判では、燃える炉の中に投げこまれることがないような信仰者でありたいと思うから、柔和な心で兄弟姉妹の罪について忠告してあげるのです。

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