著作紹介

2015年11月06日

「モア・パワー」より (キリスト信仰)

パウロの人生は、神の恵みと赦しの典型でした。他の人たちは、彼に対して批判することがたくさんありました。神がダマスコ途上で彼の行いをやめさせられるまで、彼は激しく教会を迫害していたからです。その後、主は彼を非常に力強く用いられたので、高慢にならないように、「肉体のとげ」をお許しになりました。神は、高慢と自己義認の持つ破滅的な力を御存知なので、私たちが、他人からの批判というとげの痛みを感じることをもお許しになるのです。
 私は、あまりにも簡単に高慢に陥ることに気づき、それが、どれほど神を悲しませているかを知って、こう言うようにしています。「神さま。過去と現在を感謝します。自分の失敗に気づく必要があるのなら、何度でも他人にそれを指摘させてください。けれども、その批判が、私にさらにあなたを愛させ、さらにあなたの恵みを感謝させるようなものでありますように。もし、あなたが、私の行いに応じて報いられたなら、私は永遠のいのちを望み得なかったでしょう。しかし、あなたは、私を世界一幸せな者にしてくださいました。私は永遠に感謝するでしょう。」
 批判を受けても私たちの感情が害されない時、私たちが抱く新しい喜びのことを考えてください。かつて感じていた不快な恨みや怒りの代わりに、神の平安が訪れるでしょう。人が、何と言おうと、どのように感じようと、何をしようと、それは今や、私たちに敵対するのではなく、益になるのです。神の力が私たちの内に解き放たれているのです。
 今あなたの人生にあるあらゆる問題に注意を集中し、神がある理由のために問題をもたらされたと信じてください。そのことを喜んでください。さらに喜んでください。喜び続けてください。やがて、その状況が神の御計画の一部であることが本当にわかってきます。
 「憎まれ、罵られた時、すべてがうまくいっていないように思える時、喜び踊りなさい。」(マタイ五・十一、十二)と言われたイエスは、この秘訣を御存知でした。主は、後に聖霊が私たちに、神がすべてのことの内に、また、すべてのことを通して働いておられるということを、信じさせてくださると知っておられたので、主は喜ばれたのです。


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「言葉を失った証し人」より (キリスト信仰)

タンテ・コーリーは子供の頃、ハールレムで奉仕し、非常に愛されていたひとりの牧師について語りました。
 彼女はその頃を回想して、自分がとても小さかったに違いないと言いました。その牧師が家庭を訪問した際、彼のひざにはい上がっていたからです。彼が町を去って新しい教会に行くことになったと告げた日、彼女は泣きました。
 その牧師は慰めて 「コーリー、上を見なさい。人は上を見ているが、動物は下を見ています」と語りました。

 この著作は、教会の本棚よりお借りしたものです。主人公のコーリー・テン・ブームはオランダ人で、第二次大戦中、ドイツの強制収容所で生死の境で生き抜いた人です。人を燃やす煙突の煙を眺め、自分の順番を待っていたそうです。戦後は、世界中に知られた伝道者として生きられました。
 彼女が、その境遇において希望を捨てず生きられたのは、信仰でした。そして、そういう所で生きる時、大切なことはたった一つしかなかった。それは、主イエスの福音を伝える事だったといいます。

 自分の後半の人生をどうしたら明るく、希望をもって楽しくそして、幸福に最後を迎えられるのだろうかと考えてしまうのですが、結局のところ苦しかろうが、楽しかろうが、この牧師が小さかったコーリーに言った言葉が、救いになるような気がします。

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  • 「言葉を失った証し人」より (キリスト信仰)





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